千葉県いすみ市の大原漁港は、房総半島犬吠崎と野島崎のほぼ中間の、八幡岬を眺望するところにある。夏は海水浴で賑わい、9月は「大原はだか祭り」が行われ多くの観光客が訪れる。
大原漁港は、伊勢海老の水揚げ高日本一として知られるが、その伊勢海老を大好物としている、つまり伊勢海老にとっては天敵のタコも有名である。数年前にいすみ市から頼まれていすみの食材を応援するプロジェクトに参加した。大原漁港の有名な朝市にも何度か訪れたが、あの朝市の賑わい、そこで食べる食事は格別だ。あるとき、朝市で出すタコしゃぶのタレを開発してほしい、と頼まれた。いすみのタコは、身がプリッとしていて、歯ごたえの中にも柔らかさがあり、噛むとうま味がじゅわっと口の中に広がる。これをシンプルにしゃぶしゃぶで食べるのは本当にうまい。
タコの処理は、まず生の状態で洗い、洗ったものを湯がく。その様子を見せてもらったが、タコをボイルするのは結構な技が要るそうで、いやはや大変な作業である。軟体動物という名の通り、タコはどんな狭いところでも入れる、まるで宇宙人のような生物。ちょっとの隙間からも逃げ出してしまうので、網に入れてから水槽に放すそうだ。このタコのうまさの秘密は、やはり海老や蟹を食べることにある。いすみのタコのうま味、香りが生まれるのは、伊勢海老を食べているから、という理由に納得である。
あるとき、30名ほどのお客様を迎えることになり「何か壮大な、おもしろく、ワッと言わせる料理を出してほしい」とオーダーが入った。考えた末、全員の席にくるっと丸まったタコを一匹ずつ付けるという曲芸的な料理を思いついた。一同目を真ん丸にして「おおっ!」と歓声が上がる。お客様の驚く様子は今でも忘れられず、思い出すと笑ってしまう。やわらかい部分をナイフ&フォークでカットして特製ソースで召し上がっていただき、そのあとは中国料理風のタコ飯をお作りし、残りは薄くスライスしてお持ちかえりにした。こんなプレゼンテーションは見たことがないと喜ばれ、楽しい晩餐会であった。後日、この料理をいすみ市の市長や漁協の方にも写真でご報告したが、タコの本場でもかなり驚かれたらしい(笑)。
そのような縁もあり、季節になると大原漁港にお願いして、くるっと姿良い形でボイルしたタコを送っていただいている。
中国料理では、タコを一旦干物にしてから水で戻し、戻した出汁とタコでチャーハンを作る。これは広東省の名物料理である。このチャーハンもうまいが、僕のタコ飯もなかなかである。煮汁と一緒に炊いたご飯は蓋を取るとほのかな桜色になり、タコは固くならず、ご飯と食べるとちょうどよい食感。研究に研究を重ねて開発した「秘密の秘密のタコちゃん」である。
「味の手帖」(2021年2月号掲載)
イラスト=藤枝リュウジ