日本各地で捕れるあさり。あの殻の模様は地域によって異なるといわれる。あさりから出るうま味は海のミルクとも呼ばれるが、とくに愛知県の三河湾は干潟や浅場が多く、あさりが生息する条件に恵まれている。三河湾の海水にはプランクトンが豊富に含まれており、塩分濃度が1.9~2.0%に安定しているため、そこで生まれ育ったあさりは身がふっくらやわらかい(塩分濃度が高くなると身が硬めになるといわれる)。
あるテレビ番組の取材で三河湾に行き、あさり漁を体験させていただいた。浜で漁師さんに食べさせてもらったあさりの干物が最高にうまい。あさりの身を外し、一つ一つを干し柿のように糸を通して干してあるのだが、炙って食べる美味さたるや、思わずお酒が欲しくなる。口に入れたときの凝縮されたうま味、ミネラル感は目からウロコであった。
Wakiyaの厨房では、時期になると三河から取り寄せるあさりと、同じく出始めの筍や山菜などを合わせてスープを作る。あさりの出汁だけで十分にうま味が出ているのだが、ここに鶏の清湯を合わせ、ほんの少量の塩を加える。海のミルクと鶏のスープ、つまりグルタミン酸とイノシン酸の掛け合わせが絶妙の味を引き出してくれる。まさにうま味の相乗効果で、びっくりする味わいである。あさりの出始めの頃はあさり6:清湯4、旬真っ盛りで粒が大きくなってきたらあさり8:清湯2の割合になる。
このあさりのスープと春のごぼうを合わせた湯麺は、知る人ぞ知る春の人気メニューだ。サッとゆでた細麺にごぼうとあさり、そして黒胡椒少々を加えたスープをたっぷり注ぐ。ごぼうの淡い香りとあさりのふくよかなうま味を黒胡椒がピリリと引き締める。ひと口飲めばうわあぁぁぁ美味い! あの三河湾の海の光景が頭の中に浮かぶ。麺をひゅるるるっとひと啜りすれば、あさりの出汁をまとった麺ののど越しがたまらない。極上のスープ麺である。
同じ二枚貝の中でも高級なはまぐりはもちろん美味しいが、このあさりのうま味というのも格別な味わいである。旬のあさりと淡白な白身魚、イタリアンでいえばアクアパッツァだが、中国料理の蒸し物も負けてはいない。あさりと旬のカサゴに、葱と生姜、金華ハムの細切りを添えて蒸し上げること約15分。あさりの口がパカッと開いたところに千切りの葱と生姜をのせ、高温に熱したピーナッツオイルをジュワーッとかける。「蝎魚清蒸魚」(カサゴの香り蒸し)、中国料理では清蒸という。その清さとは旬の魚の美味さ、あさりから出る海のミルクである。そこに中国醤油と紹興酒を合わせることで素晴らしい味わいに変身する。ピカピカの魚の身を食べたあと、残ったタレを白飯にかけて食す。うわー、たまらない! 日本人が魚の煮つけのタレをご飯にかけるのと同じである。清蒸のあとに「ちょっとご飯を頼むよ」とおっしゃる方は間違いなく通なお客様だろう。この時期ならではの魚とあさりの、最強の合わせ技である。
「味の手帖」(2022年3月号掲載)
イラスト=藤枝リュウジ